津原少年日記
1975

  9月 1日 晴れ
 きょうから学校だ。夏休みが4ヵ月あるオランダがうらやましい。


  9月 2日 晴れ
 きょう、「天まや」へ行った。おかあさんのかいものをまつのは、とてもまちどうしい。なにしろ自分の服をかいに行って、おとうさんのものをかうのだ。それがいつもだからたまらない。それから「そごう」へ行った。
地下と6かいに行った。地下では。食りょう品をかった。先に「天まや」でしいたけをかった、おかあさんは、「『そごう』のほうが、安くていいしいたけがあったのに。」と、言っていた。6かいでは、本をよんで買った。弟
がかったのは、マンガ、妹は、本とぬりえだ。「本売場に行こう。」と言ったぼくには、なんにもないのだからおかしな話だ。

† 八歳離れているので、当時三歳。
‡ 三歳違い。当時小学校二年生。

  9月 3日 晴れ
あしたはたん生日なのでたのしみだ。夜は、かざりつけの色紙をみんなが切ってくれたので、よかった。


  9月 4日 晴れ
 きょうはまちにまったたん生日だ。たん生会には、ひろたね君と大和君、相原君をしょうたいしたが、相原君は、つごうでこられなかった。大和君は、「ブラック・ジャック」の1かんを、ひろたね君は、「てつわんアトム」の1かんと2かんをくれた。マンガをよんだりかくれんぼをしたりした。たん生会がおわってから、弟が「ケーキでロウソクのフーせんのん?」ときいた。ぼくのたん生会は、ケーキは出なかったのだ。


  9月 5日 晴れ
 あすは、夏休み帳を答え合わせをしてもっていく日だ。しかし夏休み帳が、なくなってしまった。しかたがないので「とうち」
をさきに作ることにして、家にある木を切りにかかった。しかしその木は、木の目も曲がっているし、しつもよくないのでくにゃっと曲がって切れてしまった。しかたなく一寸ダル木を買いに行った。
 その買ったぼうでとうちを作った。夏休み帳の方は、おとうさんが会社からかえってぶじ見つけてくれた。


† トーチ(torch)のこと。林間学校の準備。
 垂木?

  9月 6日 晴れ
 きょう学校から「はだしのゲン」
をかりてきた。原ばくとは、おそろしいものだ。今、2かんまでよんだ。3、4かんも早くよみたい。

† 記憶によれば、五六年生の全教室に備わっていた。広島では普通。

  9月 7日 晴れ
 きょうは、町に出た。目てきは、いろいろある。美じゅつ館
にも行ったし、山の学校で必ようなものも、買った。昼は、どこかの中国料理店で食べた。五目そばがとてもおいしかった。

† 見た絵が記されていないので、父の書道展見学に家族で付き合ったと思われる。

  9月 8日
 きょうの日記は、きょう書いたものではなく15日に書いたものだ。
 きのう今まで使っていた日記帳をなくしてしまったので、14日まで日記を書かなかったのだ。
 ずいぶん長い間 日記を書かなかったので 何をやったかわすれている日が多い。だからきょうからしばらくは、かんたんに日記を書く。


  9月 9日
 きょうは、学校へ行ったことはたしかだが、そのほかは、何もおぼえていない。


  9月 10日 11日
 きょうから明日にかけて青少年野外活動センターへ5年生だけで、山の学校の勉強だ。
行きのバスの中で上杉君
と勝べ君が歌った、「野ブタの歌」や「池田君の歌」は、とてもおもしろかった。
行事では、キャンプファイヤー、などが、あったが、なかでいちばんおもしろかったのはオリエンテーリングだ。
ぼくのねたベットは、3だんベットの3だん目で、はじめは、とてもこわかったが、そのうちに、なれてのぼるのが楽しみになってきた。
ふろ場であそんだときのことも、わすれられない。


† 現、米インダストリアル・ライト・アンド・マジック社在籍、マットペインティング・アーティストの上杉裕世。学級は別だったはずだが、バスが同じであった模様。

  9月 12日
 きょうは、山の学校でつかれているのでとくべつに9時から学校がはじまった。


  9月 13日
 弘たね君に、あさって遊ぶ約束をした。


  9月 14日
 きょうは、家族みんなで動物園
へ行った。弟を、まだ、動物園へつれて行ったことがないからだ。弟は、はじめ、ライオンがこわいからいやだと、言っていたが動物園へ行くと、そんなことなど忘れたように、喜んでいた。
 動物園では、うばぐるまをかりた。弟のためだ。ぼくは、動物の「ペーパークラフト」を買ってもらった。動物の写真も何枚か、とった。
 帰りは、かいものをしてかえった。


† 広島市安佐動物公園。

  9月 15日
 きょう弘たね君と遊んだ。行きには、相原君をさそった。バトミントンのはねに、きゅうばんが、ついたものを、なげて、たてのようなもので、うけ、それをまたなげるというのをくりかえす、ルールのゲームをやって遊んだ。楽しかった。


  9月 16日
 きょうは、べつに何もなかった。
 平ぼんな一日だった。ただ、きょうからきゅう食がはじまったということが、いつもとちがうところだ。


  9月 17日
 きょうは、6時間なので、遊べなかった

遊ぼうとすれば、遊べるのだが、弘たね君の都合が悪かったのだ。でももう少し時間が早ければやっぱり遊べたのだ。4時間の日も多いほうがいい。

  9月 18日
 きょうは、最後の委員会の日だ。
きょうで園芸委員もおわりか、と思うとほっとしたが、山路先生は、「9月30日まで園芸委員だからがんばるように。」と言われた。たしかにそうだ。30日まで気をぬいては、いけないと思う。

  9月 19日
きょうひどい下りをした。
あさいっぺん便所へ行って学校で二回言った。帰ってまた1回行った。そのためサイトウに自転車のしゅうりに行けなかった。でもあしたは、いこう。はやくこわれた所をなおしてきれいな自転車にしたい。

  9月 20日
 きょうは大和君と遊んだ。
プロ野球スナックをもらって、カードをのふくろをあけると、カープの池谷投手のカードだった。
大和くんがかえてくれといったが、いやだといった。
家に帰っておとうさんにそのカードを見せると、お父さんの子どものころにもこんなカードが、クジでひけるようになっていて、大きいカードがほしくて、山づみになるほど買っていたそうだ。

  9月 21日
 きょうおばあさんが来た。
そしてぼくに1000円くれて、
「ゆみ子とわけなさい。」と言った。
ぼくは、それをもってさっそく本屋へ行って、「ブラック・ジャック」の2かんを買った。
 おばあさんは大好きだ。
ずっとうちにいてほしい。

  9月 22日
 きょうおとうさんと野球を見に行った。しかし雨でグランドがびちょびちょになり中止だった。
それからそごう
へ行こうと思ったが、またひと雨きそうなのでやめた。
 ざんねんでならない。

† 目当ては六階の紀伊国屋書店。

  9月 23日
 きょうおばあさんが帰った。
 とも君
のめんどうを見なければ、ならないし、病院へ行かなければ、ならないからだ。
 帰る時は、朝、ぼくたちが学校へ行くのといっしょに出た。
 おばあさんは、足がわるく、早く歩けないので、ぼくたちは、先に行った。が、心配で、おばあさんのいるあたりをいつまでも見ているとチラッとおばあさんが見えた。
「おばーさーん さいならー。」
 とぼくは大声でいった。

† 従弟。

   9月 24日
  きょうは、休みなのに遊びに行けなかった。
 一日じゅう風向計を見ていなければ、ならないからだ。それがきょうの宿題だった。おなじ宿題なら少しの時間でできるものがいい。そうすれば朝のうちにやって遊べるしすきなこともできるのだから……

  9月 25日
きょうは、大和君の家へ行く、約束をした。しかし牛尾君が遊びに来たので、いっしょに行くことにした。牛尾君といっしょにかんせい園
をおりていると、西川君がいたので、「おまえもこいや。」とさそった。西川君はしたくをしてくるから先にいってくれといって、家え帰っていった。
バスていの所まで来ると鈴木君がおかしを食べていた。「オス!」とぼくが言うと、返事をして、どうせいらないからといって、もうひとつおかしをカバンから出した。それを牛尾君にわたして、ふたりでわけや。」と言った。ぼくは、お礼とさよならを言って、大和君の家へ行った。げんかんのところでおばさんにあいさつをしていると、西川君が来たのでいっしょに遊んだ。とても楽しかったので、時間をわすれて、家へ帰ったのは、もう7時ごろだった。

   9月 26日
 きょう 学校で係を きめたが、学習係にしかなれなかった。
 しかし、すきなことをやるのではなく、クラスがよくなることをするほうが大事だと思う。  学習係をいっしょうけんめいやって、その係がおもしろくなるようにしよう。

   9月 27日
 きょう フジハイツに 遊びに行った。大和君もいっしょだ。大沼君たちと 六虫をして遊んだ。 金ぞくで、できた、ネームプレートをもらった。大沼君の家には、紙でできた、もけい飛行機があった。ちゃんとと料も、ぬってあって、ちょっと見ると、金ぞくせいか、プラスチックせいに見えた。

  9月 28日
 きょうは、運動会。

 白がかった。

 1等になった。

 ぼううばいでかった。

  いうことない。

  9月 29日
 きょうは、きのう運動会があったので 休みだ。
 そこで西川君の家で遊ぶことにした。はじめは、キャッチボールなどをしていたが、西川君が いやがるので、家の中でマンガをよんだりして遊んだ。 しかし、すぐに西川君は、じゅくに行ってしまったので、あまり遊べなかった。

  9月 30日
 きょうは、おとうさんからきょかが出たので、西川君、ウルシ谷君と、本を買いに行った。行きは、歩いて行ったので本屋へついた時は、もう5時だった。バスていの前を歩いていると、病院へ行ったはずの 有美子がいた。よく見るとタクシーのり場のほうに、おかあさんと おさむのすがたも見える。
 有美子は、ぼくに、「いっしょにタクシーで帰ろう。」と言った。ぼくは、手まねで「まだかっていない。」とおかあさんに しらせると走って本屋へ 行った。
そして 大急ぎで「てつわんアトム」の3かんをかうと、あわてておかあさんのところへ行った。
 おかあさんは、「いっしょの友だちは、だれ?」と聞いたので「西君とウル君だ。」と言った。 おかあさんは、「それならいっしょに帰ろう。」と、言って、ぼくに 西君たちをつれに行かせた。そしてぼくたちは、タクシーで帰ることができたのだ。


  10月 1日
 きょう学校からかえると、おかあさんがまるで自分のことのようにうれしそうに「サインボールのぶん、当せんしたよ!」と言ったぼくは「うそだろう。」とうたがったが、ダイエーからきたハガキを見て、「やったー。」と声をあげた。サインボールがもらえるのだ。
13日までにハガキを\ダイエーに/ もっていかなければいけないのであしたにも行きたい。

  10月 2日
 きょう ダイエーにサインボールをとりに行った。「大下のを下さい。」と言ったら ピカピカの こうきゅうボールをくれた。 肉筆サインだ。
しかしかえりに、うかれすぎて、まちがえて 宇品行き
にのってしまったからたいへんだ。広大前まで言ってしまった。まあ、なんとか帰ったが、おとうさんにサインをよくみてもらう、実は、そのサインは、大下のでは、なく、こば かんとくのだということが、わかった。店員さんがまちがえたのだ。
 土よう日におとうさんにかえに行ってもらおう。

† 路面電車、広島港行き。

  10月 3日
 きょう ダイエーに電話をかけたら、やはり、店員さんのまちがえだったそうだ。店員さんは、大下とこばとさえきのサインボールしかないと行っていたから、こんどは、ぜったい 大下のをもらおう。

  10月4日
 きょうおとうさんが大下のサインボールをもらってきてくれた。おとうさんの話では、ほかに池谷や三村のサインボールもあったというのだ。
「あの店員め!」ぼくは、どなりつけたくなった。
ぼくは、大下より池谷や、三村の方がすきなのだ。

  10月 5日
 きょうは、おばあさんが来た。
ほんとうは、つりに行く予定だったが、台風がくるというので やめたのだ。
おばあさんは、ポポウとかパパウ
とかいう 木のたねを もってきた。
 植えてから2年たつと、ウリのような形をしていて、バナナとパイナップルの合わせたような味の実がなるそうだ。
さっそくおかあさんがそのたねをにわ に 植えた。
早く、実がなるといいな。


† いい加減な伝聞が何重にもかさなっており、正確な呼び名は今以てわからない。当時、その木が植わっている家は稀有ではなかった。昔、温暖で雨の少ない広島に試驗的に植えられた木と聞いたことがある。パパイヤを「ポポ」と呼ぶ国がある。その亜種か? 近所から分けてもらった実を食した記憶もある。熟れすぎてぐずぐずになっていたが、今にして思うとパパイヤのような味だった。

    10月 6日
 きょうから「元そ天才バカボン」がテレビではじまった。
 きょうは、もうそれが楽しみで、学校でもその話ばかりしていたのだが、はじまるとなると、もうむ中だ。
 バカらしいけど、おもしろかった。
 第1話は、ブタの話で、第2話は宝さがしの、話だった。
それから「アルプスの少女ハイジ」もあった。
これもまた楽しかった。
「アルプスの少女ハイジ」は、別だが10月は、新番組が多いと思う。
それに、新広島テレビも くわわって、テレビがいっそうおもしろくなった。

    10月7日
 おとうさんからすることしゃんしゃんせん と、おこられた。
 (反省)
 まあ、おとうさんのいうことも もっともだが、マンガも見たい。

    10月8日
 きょう 福見君がテストが80点以下だったので はん全員がのこらなければいけなかった。
  みんながざんねんがるのでぼくが
「泣くんじゃねえぜ。ほら一番星がわらってらあ。」
  と、言ったら、たたかれた。



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